こんにちは。
パリオリンピックに続いて、パラリンピックが開催されます。
バドミントンはメダルが期待されている種目の1つですが、東京パラリンピックで金メダルを獲得した里見紗李奈選手には今回も注目が集まっています。
シングルス初戦は中国の尹夢璐(イン・ムロ)選手に敗れてしまいましたが、東京パラリンピックでも同じような状況だったことを考えれば大丈夫でしょう!
今回は、そんな里見紗李奈選手の障害(事故)についてや、学歴経歴、里見紗李奈選手の名言について調べてみました。
🏅メダル速報🏅
— Tokyo 2020 (@Tokyo2020jp) September 4, 2021
バドミントン 女子シングルス WH1 里見 紗李奈選手が #金メダル 獲得!#Tokyo2020 #パラリンピック #WeThe15 #パラバドミントン pic.twitter.com/tkkn3mgzAe
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里見紗李奈選手の事故と障害
里見紗李奈選手は、明るくて屈託のない笑顔が本当にかわいい方です。
そんな里見紗李奈選手は、なぜ障害を負ったのでしょうか?
高校時代に交通事故に…
2016年5月、里見紗李奈選手が高校3年生の時のことでした。
助手席で眠っていたら、車が壁にぶつかったそうです。
里見紗李奈選手は事故に遭った時とても落ち着いていて、考えたのは
- 運転席の人が大丈夫かどうか
- 足にまったく感覚がなく動かないため、どうしよう
とりあえず母親に電話したところ、事故現場が自宅から1kmほどと近かったため母親がすぐに駆け付けてくれたそうです。
そのまま救急車で病院に搬送され、翌日に手術。
医師からはあらかじめ、もう歩けないことを伝えられていたそうですが、里見紗李奈選手は歩けるようになるだろうと思っていたのであまり気にしていなかったとか。
里見紗李奈選手らしいポジティブな考え方ですよね。
基本ネガティブ思考なので、見習いたいです。
里見紗李奈選手はそれから9カ月入院していました。
長期間の入院になった理由は、腰から下が動かず車椅子生活になるということで、父親がこだわって自宅改造したため時間がかかったということもあるようです。
里見紗李奈選手は家族にとても愛されているんですね!
同じく事故で足を切断してしまった、パラリンピックバドミントン日本代表の梶原大暉選手についての記事はこちらです。
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梶原大暉選手は事故後失意のどん底だったようですが、どうやって前を向けるようになったのかでしょうか?!
バドミントン競技との出会い
バドミントンとの出会いは、中学1年生の部活だそうです。
ただ、この時は真剣に取り組んでいたわけではなかったようです。
バドミントンに本格的に取り組んだのは、事故に遭ってからでした。
入院中、リハビリスポーツで車いすテニスや車いすバドミントンが体験できたそうです。
ただ、退院後は家に引きこもりがちだったとか。
友だちに車椅子を使っている自分の姿を見られるのが恥ずかしくていやだったり、電車に乗るためにスロープを出してもらうなど人の手を借りないと何もできない状態なことに落ち込んだり。
今後家族にずっと甘える生活を送ることに対する葛藤もあったそうです。
そんな様子の娘を心配した父親が、車いすバドミントンのクラブを探してきてくれました。
ただ、当時の里見紗李奈選手は人と関わりたくないと思っていて、半ば無理やり連れていかれたそうです。
実は、その車椅子バドミントンクラブは、パリパラリンピックバドミントン日本代表の村山浩選手が代表を務めるパシフィック車いすバドミントンクラブだったのです。
村山浩選手についての記事はこちらです。
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始めて練習場所を訪れた日、村山浩選手は里見紗李奈選手に
「いっぱい練習すれば、パラリンピックを目指せるよ」
と言われたそうです。
里見紗李奈選手本人は、スポーツを頑張るのは自分のキャラではない、楽しいけれど続けるなら趣味程度と思っていたのでびっくりしたそうですよ。
村山浩選手には、里見紗李奈選手の才能とかセンスが見えていたのでしょうね。
その言葉を聞いて父親の熱意に火が付き、車の免許を取るために教習所に連れて行ってくれたそうです。
免許が取れてからは毎日練習しに行ったとか。
続けられたのは、里見紗李奈選手と同時期に始めた人が他にもいたこと、時間があったこと、里見紗李奈選手が車椅子生活でも楽しく過ごせる場所だったからだそうです。
チームのメンバーは車椅子生活を送っている方たちばかりで、素の自分をさらけ出すことができるようになったのもよかったのかもしれません。
実は私もかなり珍しい系の治療法がない持病持ちなので、里見紗李奈選手の気持ちがすごくよく分かります。
当たり前なことですが、自分が経験していないことを想像するのには限界がありますよね。
周りは気遣ってくれますが、どんなに言葉を尽くしても伝わらないことがあるんです。
当然だし仕方ないことなんですけどね。
私も、自分が経験していないことは想像力に限度があります。
同じ系統の病気の方でさえ、完治する可能性があるタイプの方だと感覚の違いみたいなものを感じることがあって、そのズレを感じたくないから伝えること・理解してもらえるよう努力することを諦めてしまうというか。
当たり障りのないことしか言わない癖がつくというか…。
だから、素の自分をさらけ出せる場・相手がいるということは、本当に重要だと思うんです。
火が付いた瞬間
そして、初めて大会に出場した時、日本代表として活躍している選手と対戦してまったく歯が立たなかったそうです。
その時
と、里見紗李奈選手の心に火が付いたとのことです。
スポーツ頑張る系は自分のキャラではない、とはいえ、里見紗李奈選手はもともと負けず嫌いな性格でした。
どうしたら勝てるのか、自宅でも大会のビデオを観て研究したりし始めたそうです。
そこからどんどん実力を上げ、2017年12月、初出場した日本選手権で準優勝!
約9か月入院したから、退院したのが2017年2月頃。
引きこもりがちな期間を経てバドミントンクラブに入って…
え、ちょっと数字がおかしくないかと疑いたくなるくらいのスピードじゃないですか!?
里見紗李奈選手の才能や努力もすごいし、村山浩選手の先見の明というか、才能を見抜く目もすごすぎます…。
そして、WH2クラスで日本で一番強い山崎悠麻選手と女子ダブルスを組むことになります。
山崎悠麻選手の実力に見合うパートナーになりたい、もっと練習して上手くなりたいという気持ちが強くなったそうです。
ダブルスのパートナー山崎悠麻選手の記事はこちらです。
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山崎悠麻選手も交通事故で腰から下が動かない障害を負ってしまったとか。
現在は膝から上は回復したそうなのですが、その理由が驚きです!
里見紗李奈選手の学歴
次に、里見紗李奈選手の学歴について見ていきたいと思います。
小学校
里見紗李奈選手の出身小学校は、千葉県の八街市立二州小学校だそうです。
こちらの小学校には、本校(二州小学校)と分校(二州小学校沖分校)があるそうです。
里見紗李奈選手がどちらに通っていたのか、中学の学区から突き止められるかと思ったのですが…
本校も分校も、里見紗李奈選手の出身中学である八街市立八街南中学校の学区でした。
中学校
里見紗李奈選手の出身中学校は、八街市立八街南中学校だそうです。
中学校では、こちらに書いてあるようにバドミントン部に所属していました。
ただ、本当は部活に入りたくなかったようなのですが、八街南中学校には帰宅部がなかったそうなんです。
そのため、かわいい先輩が多かったバドミントン部を選んだとか。
きつくなるまではやっていなかったそうで、試合も遊び感覚。
あくまでも楽しくバドミントンをしていたようです。
高校
里見紗李奈選手の出身高校は、千葉県立千城台高等学校だそうです。
みんなの高校情報によると、千葉県立千城台高等学校の偏差値は50だそうです。
高校は部活ではなく、ファミレスでのアルバイトをしていたとか。
お客さんと接するのが好きで、人に喜んでもらえるのが楽しくて、本気で頑張ったそうですよ。
将来は人と関わる仕事をしたいと考えていたようです。
こんなにこやかな販売員さんがいるお店だったら、気持ちよく買い物ができそうです。
千葉県立千城台高等学校出身の有名人は、こちらの方たちです。
- 安齋結花(サッカー選手)
里見紗李奈選手の戦績
里見紗李奈選手の主な戦績はこちらです。
- 2021年 東京2020パラリンピック競技大会
シングルス優勝
女子ダブルス優勝 - 2023年 ヒューリック・ダイハツ Japan パラバドミントン国際大会2023
シングルス優勝
女子ダブルス3位 - 2023年 杭州 2022 アジアパラ競技大会
シングルス優勝
女子ダブルス準優勝 - 2024年 NSDF Royal Beach Cliff BWF Para Badminton World Championships 2024
シングルス3位
女子ダブルス3位
本当に、2017年から始めたとは思えない戦績ですよね。
ちなみに2021年に紫綬褒章を受章されています。
里見紗李奈選手の名言
無邪気でかわいらしい里見紗李奈選手。
いろいろな出会いを経て、現在はバドミントンに全力を傾けています。
そんな里見紗李奈選手の名言を集めてみました。
本当にポジティブですよね!
ポジティブ思考の大切さについては、たとえば誘拐や拉致されたものの生還された被害者のほとんどの方は
- 絶対に助かると信じていた
- 助かったら何をしようか考えていた
だそうです。
あとは、風邪をひいて「苦しいもうだめ」と思っている時よりも、「すぐ治るから大丈夫」と思っている時の方が治りが早くないですか?
自分の気持ちひとつで結果が変わるのは信じられないような気もしますが、気持ちの持ち方の違いで行動も体の中の働きも変わるからではないでしょうか。
新しいことにチャレンジするには勇気が必要で、勇気を出すには「できる」と思うことが必要なのではないかと思います。
「できる」と思うこと。
やっぱりポジティブなんですよね。
周りへの感謝の気持ちが伝わってきます。
この言葉は、里見紗李奈選手にとって村山浩選手がどんな存在か訊かれた時の答えです。
自分のことを助けてくれたすべての人に感謝しているということが分かります。
事故で腰から下がほとんど動かせなくなる。
それはとても大変で、失意のどん底に落ちても仕方ないくらいの出来事です。
でも、そんな状況でも楽しいこと・夢中になれることは見つけられて、幸せになることができる。
今がどんなにつらくても希望は必ずあるということを教えてくれているのではないでしょうか。
ポジティブであること、一歩踏み出す勇気を出すこと、その先に希望がある。
人に感謝できる人だから周りも自然と助けてくれる。
里見紗李奈選手の強さの源なのかもしれませんね。
まとめ
今回は、パリパラリンピックバドミントン日本代表の里見紗李奈選手について調べてみました。
- 里見紗李奈選手は、高校3年生の時に車で事故に遭い、腰から下がほとんど動かせなくなってしまった
- バドミントンとの出会いは中学時代の部活だが、競技として始めたきっかけは事故後のリハビリスポーツとしてだった
- 退院後、ひきこもりがちな里見紗李奈選手を外に連れ出すため、父親が車いすバドミントンのクラブを探してきた(偶然にも村山浩選手が代表を務めるクラブ!)
- 車椅子バドミントンクラブは、素の自分をさらけ出せる場になった
- 大会で相手に全く歯が立たなかったことで心に火が付き、競技として真剣に向き合い始めたところ日本選手権で準優勝
- 学歴は、八街市立二州小学校・八街市立八街南中学校・千葉県立千城台高等学校卒
- 里見紗李奈選手はポジティブな性格で、一歩踏み出す勇気があり、周りへの感謝を忘れない。それが強さの源ではないか
里見紗李奈選手について調べていて、やっぱり人との関わりや縁の大切さを実感しました。
それを引き寄せたのは、きっと里見紗李奈選手の明るくてかわいらしい人柄なのでしょうね!
パリパラリンピックも応援しています!