初代泉聖指原勇の出身地や学歴経歴意外な職業は?結婚した妻や子供は?

こんにちは。

「泉聖」という言葉をご存じでしょうか。

別府温泉スタンプラリーを88回コンプリートした方に贈られる称号です。

多くの方たちがスタンプラリーに挑戦する中、最初に「泉聖」の称号を贈られたのが、指原勇さんです。

別府温泉のプロフェッショナル中のプロフェッショナル、レジェンドと呼ばれているそうですよ。

今回は、指原勇さんの出身地や学歴に経歴、実は意外な職業に就いている?

結婚して妻や子供はいるのかどうかなどを丸ごと調べてみました。

大分合同新聞 より

さくら
気持ちよさそう~

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指原勇さんのプロフィール

名前: 指原 勇
愛称: さっしー

出身地: 大分県別府市浜脇
生年月日: 1948年4月9日
さくら
指原さんは、みんな「さっしー」と呼ばれるのかな?

一般人の方なので、情報はあまりありませんでした。

 

念のため、同じ大分県出身の指原莉乃さんの祖父ではありません。

指原莉乃さんの祖父は、2016年2月に亡くなっているそうです。

さくら
ちなみに、指原姓は大分県中南部が起源だそうです。
全国に約590人しかいない、かなり珍しい苗字のようですよ。
名字由来net

 

指原勇さんの学歴

指原勇さんの学歴についても、公表されていません。

が、分かっている情報からできる限り推測してみました。

小学校

指原勇さんが公立小学校出身の場合は、別府市立浜脇小学校出身だと思われます。

これはかなり可能性が高いと思います。

 

少しややこしい話になります。

指原勇さんは別府市浜脇出身ということが分かっています。

平成29年度のものですが、別府市教育委員会の「通学区域表」によると、浜脇は南小学校の学区でした。

ただ、沿革を調べてみたところ浜脇小学校は平成14年に川を挟んだ向かいにあった南小学校と合併し、「南小学校」になったそうなんです。

名前は南小学校ですが、場所は旧浜脇小学校跡です。

そして、旧南小学校の住所は別府市南町7-19、浜脇小学校は別府市浜脇7-13です。

川のこちら側に小学校にあるのに、川の向こう側の小学校が学区になるとは思えません。

そのため、指原勇さんの出身小学校は別府市立浜脇小学校でほぼ間違いないと思われます。

 

中学校

指原勇さんが公立中学に進学した場合、出身中学校は別府市立浜脇中学校だと思われます。

同じく別府市教育委員会の「通学区域表」によると、現在の南小学校は浜脇中学校の通学区域だそうです。

高校

指原勇さんは、18歳まで別府で過ごしたそうです。

そのため、実家から高校に通ったと思われます。

高校に学区はないので、市外の高校に通う可能性も十分ありますが、現在別府市にはこちらの高校があります。

  • 大分県立別府翔青高等学校
  • 大分県立別府鶴見丘高等学校
  • 別府溝部学園高等学校
  • 明豊高等学校

この4校のなかで、大分県立別府翔青高等学校は創立2015年なので、指原勇さんが通えたはずがありません。

また、別府溝部学園高等学校はもともと女子校で、1986年に共学になったので、こちらの出身である可能性はありません。

ということで、指原勇さんが別府市内の高校に進学したとしたら、大分県立別府鶴見丘高等学校か明豊高等学校の可能性があります。

 

指原勇さんの家族

指原勇さんは妻と子供、そして孫がいるそうです。

 

ご家族も一般人の方で情報はありませんでした。

ただ、あとで書くように指原勇さんは長い間単身赴任をしていた可能性が高いです。

指原勇さんの妻は、夫不在の中ワンオペで家事育児をされていたと思われます。

さくら
あ、でもその頃の日本では夫は家事も育児もやらないのが普通だったかも?(^^;
どの家庭もワンオペが当たり前だったかもしれませんね。

指原勇さんの経歴

次に、指原勇さんの経歴について見ていきたいと思います。

海外に20年以上!

指原勇さんは、18歳の時(おそらく高校卒業後)に就職のために東京に移り住んだそうです。

東京で電気通信関係の会社に就職し、ナイジェリアやマレーシアなど世界各地で約20年間仕事した後、60歳で定年を迎えました。

さくら
ってさらっと書いてあったんですが、20年海外ってすごいですね!
ご家族は一緒についていったのか、単身赴任だったのか…

特に説明はなかったのですが、単身赴任だったのではないかと推測しています。

その理由は2つ。

  1. お子さんが小さいうちに海外赴任になった場合、学業を考えると日本に残ることを選びそう
  2. 現在お子さんとお孫さんたちは東京に住んでいるとのこと。お子さんが大きくなってからの海外赴任で一緒に行った場合、現地で就職する可能性が高いのでは

20年間も家族と離れ離れというのは、とても寂しかったと思います。

お子さんの長期休暇の時は、一緒に家族で海外旅行をしたのかもしれませんね。

 

別府での温泉巡り

もともとアクティブで、セカンドライフを満喫したい気持ちが強かった指原勇さん。

定年退職後は、富士山や屋久島など国内のさまざまな場所を旅行する2年間を送ったそうです。

 

その後、自身の生まれ故郷である別府移住を妻に提案したのですが、子供や孫と過ごす時間も大切にするために東京と別府のに拠点生活を始めたそうです。

「今日は少し遠くの温泉に行ってみよう、夜はあそこの居酒屋でご飯を食べよう」と、一日一日をシンプルに楽しむ。家族や孫、東京が恋しくなったら、フラッと東京に帰るという自由なスタイルで、毎日を過ごしています。
BETSUDAI

このように書いてあったので、もしかしたら妻は東京、別府に来るのは指原勇さんだけなのかも?

セカンドライフもプチ単身赴任状態なのでしょうか。

さくら
家族のことは好きだけれど、長い間1人で過ごしていたから自由気ままなお1人様生活も手放しがたいのかもしれませんね

 

ということで、別府と東京を行き来しながらの生活を送っている指原勇さん。

別府では、温泉や公民館での料理教室などを楽しむ日々を送っていたそうです。

そんなある日、「別府八湯温泉道」という、別府の温泉を巡るスタンプラリーイベントのチラシを目にしました。

 

「別府八湯温泉道」と「泉聖」

別府温泉には温泉の泉質が8種類もあり、また温泉施設も多くあります。

「別府八湯温泉道」とは温泉に浸かってゆったりリフレッシュしながらスタンプを集めるというスタンプラリーイベントで、約150湯もの施設が参画していてだそうです。

集めたスタンプの数により「段位」がもらえるのですが、150湯のうち88湯のスタンプを集めると「名人」の称号がもらえます。

そして、88湯を何度も繰り返すと…

11回 永世名人
22回 名誉名人
33回 永世名誉名人
44回

王位名人

55回 永世王位名人
66回 泉王名人
77回 永世泉王名人
88回 泉聖

このように、回数によって称号もレベルアップしていくそうなのです。

さくら
将棋や囲碁のタイトルみたい

 

当初指原勇さんは

こんなもんバカバカしくてやってられない

と思ったものの、もともと温泉好きなこともあり一度巡ってみたそうです。

88か所中56カ所を巡ると温泉無料券(高段位優待券)がもらえるのもモチベーションに繋がったようですよ。

※ 高段位無料券は、2023年12月に発行を終了したそうです。

 

1回目、1日1温泉で88カ所巡るのに3か月かかった指原勇さん。

でも、朝と夜にすれば半分の1カ月半。

朝昼夜にすれば1ヶ月。

効率を求めていくうちにスタンプ集めが楽しくなったようで、最短でなんと3日で88カ所巡りを終らせたり、1日で35湯に入ったこともあったそうですよ。

さくら
3日で88カ所、1日平均30回温泉に入った!?
それだけお湯につかったらのぼせそうだし、皮膚がふやけそう…。
というか1日10時間温泉巡りに費やすとして、移動や服を脱いだり着たりがあるから温泉に入れる時間は数分???
何かをやり遂げる人って、なんかすごいのかも。

ちなみに移動手段は、基本的に公共交通機関と徒歩だったようです。

ものすごい情熱がないとできない偉業ですね。

 

情熱と言えば、以前「YOUは何しに日本へ」に登場したアラスカのカップルも、自動販売機でビールを飲むために来日するという情熱の持ち主でしたね。

でも日本では現在、酒類の自動販売機は激減していて…。

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「泉聖」を目指す最後の方は初代泉聖を狙うライバルとのし烈な争いだったとか。

周りの人達も応援してくれていたので、かなりのプレッシャーだったそうですよ(笑)

さくら
リラックスするための温泉が、プレッシャーの原因になるとは(^^;

そんなこんなで、指原勇さんは約5年半で「泉聖」になったそうです。

そして現在は102巡りもされているとか。

まだまだ記録は伸びそうです。

 

というか、ふと思ったのですが、もし家族と同居していたらこのペースで温泉巡りってできないですよねきっと(^^;

自分の夫が退職後そういう生活を始めたら、多分怒ってしまうだろうなぁ(^^;

 

以前「YOUは何しに日本へ?」に登場した、日本ジャズクラリネットのレジェンド北村英治さんの記事はこちらです。

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ジャンルは全然違いますが、お2人ともやりたいことをやる豊かな人生を送られていますよね!

 

意外な職業とは?

指原勇さんは、こちらにも書いたように東京で電気通信関係の会社に就職し、約20年間海外赴任されていました。

が、それとは別に、多分定年退職後に始められたのだと思いますが、超意外な仕事もされています。

それは

落語家

落語家としての名前は「柳亭小芝楽」だそうです。

名前から11代柳亭芝楽(りゅうていしばらく)さんのお弟子さんなのかもしれませんね。

アトス・インターナショナル より

 

こちらは、小芝楽さんの寄席の様子です。

今日新聞 より

2020年1月10日に開催された、別府市西部地区公民館は高齢者現代セミナー「初笑い西部寄席」だそうです。

この時は落語の「時そば」「転失気(てんしき)」を披露されたとのことです。

にこやかな笑顔が落語家にぴったりな気がします。

 

落語家は、職業というよりはセカンドライフを満喫するための趣味の1つなのかもしれません。

定年退職後、こんな風に第二の人生を楽しめたら最高ですね!

 

まとめ

今回は、「YOUは何しに日本へ?」に登場した初代泉聖の指原勇さんについて調べてみました。

  • 指原勇さんの学歴は公表されていないが、出身地などから、別府市立浜脇小学校、別府市立浜脇中学校を卒業したと思われる
  • 高校卒業後、東京で電気通信関係の会社に就職し、ナイジェリアやマレーシアなど海外赴任を約20年務めた
  • 定年退職後はセカンドライフを満喫していて、そのうちの1つが故郷の別府市の温泉巡りだった
  • 約5年半で88湯を巡るスタンプラリーを88回踏破し、初代「泉聖」となる
  • 指原勇さんは「柳亭小芝楽」という名前で落語家もしている

いくらたくさんあるとはいえ、88もの温泉を100回以上通うのは楽しいの?!と思っていたのですが、いろいろな楽しみ方があるようです。

今後どれだけ記録が伸びるのか、楽しみですね。

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